相続が発生したものの相続人が誰もいない場合や、全員が相続を放棄した場合、遺産の管理や清算はどうなるのでしょうか。
このようなケースでは、「相続財産管理人」という制度が活用されます。とくに、遺産に不動産が含まれている場合、売却や処分に関する判断と実行は、相続財産管理人に委ねられるのです。
この記事では、相続財産管理人に不動産売却を任せるケースの概要や制度の仕組み、また、相続人(または関係者)が確認すべき注意点について詳しく解説します。
相続財産管理人とは?
「相続財産管理人」とは、相続人が存在しない、または全員が相続を放棄した場合などに、相続財産の保全・管理・清算を行うため、家庭裁判所が選任する第三者のことです。
この制度は、民法や家事事件手続法に基づいており、通常は弁護士などの法律専門家が選ばれることが多く、法的・実務的に中立かつ適正な遺産処理を行う役割を果たします。
相続財産管理人が必要となる典型的な事例として、次のようなものがあります。
- 被相続人に相続人が一人もいない(法定相続人不存在)……家庭裁判所は、相続人の有無を調査したうえで、官報において6か月以上の公告を行います(民法第958条の2)。それでも名乗り出る者がいなければ法定相続人不存在が確定されます。
- 相続人はいるが、全員が相続放棄をした……相続放棄は、被相続人の遺産(プラスもマイナスも)を一切受け継がない旨を家庭裁判所に申し立てる手続きであり、法的には「初めから相続人でなかった」と扱われます(民法第939条)。
- 相続人の所在が不明で、相続財産が放置されている
- 複数の債権者が存在し、債務の整理を第三者に任せる必要がある
誰が相続財産管理人を必要としているのか
それでは、相続をする人がいない中、誰が相続財産管理人を必要としているのでしょうか。
一般的には、次のような「利害関係人」が、家庭裁判所に申し立てて相続財産管理人の選任手続きを開始します。
- 被相続人の債権者(家賃の未払い、医療費の未収金など)
- 被相続人の遺贈を受けた者(受遺者)
- 被相続人の元雇用主や取引先
- 被相続人が住んでい た不動産の家主・管理会社
- 地方公共団体(例:市町村が死亡届を受理したあと、葬祭費・火葬費用を立て替えた場合)
これらの申し立てにより、家庭裁判所が相続財産管理人を選任します(民法第951条)。
相続財産管理人の主な職務
選任された相続財産管理人には、次のような職務が課されます。
- 相続財産の調査と把握(不動産、預貯金、動産など)
- 債権者や受遺者の調査、債権の届出を公告で呼びかける(公告は原則として官報に掲載され、債権者に対して一定期間内の届出を促します)
- 不動産を含む遺産の換価(売却など)および金銭化
- 債権者への配当・清算処理
- 特別縁故者の申立てがない場合は、残余財産を国庫へ帰属させる
これらの業務はすべて裁判所の監督下で行われるため、任意に財産を処分することはできません。
とくに、不動産の売却には裁判所の許可が必要となり、透明性の高い処理が求められます。
相続財産管理人に不動産売却を任せるケース
相続財産に不動産が含まれている場合、その管理や処分には専門的な判断が求められます。
とくに、相続人が不在または全員が相続放棄している場合、相続財産は一時的に「無主の財産」となり、私的に売却・管理することができません。
このような場面で重要な役割を果たすのが「相続財産管理人」です。
相続財産管理人により、不動産を含む遺産が管理・売却される典型的なパターンを解説します。
相続人全員が相続を放棄した場合
もっとも一般的なケースは、相続人全員が家庭裁判所を通じて相続放棄の手続きを済ませた場合です。
相続放棄が確定すると、その者は初めから相続人ではなかったものとみなされます。その結果、相続財産は誰の管理下にも置かれない状態になるのです。
こうした場合、被相続人の債権者や利害関係者、または検察官が家庭裁判所に申立てを行い、相続財産管理人が選任されます。
不動産が含まれていれば、これを売却して得られた代金から債務の弁済が行われることになります。固定資産税や管理費などの支払いが継続的に発生するため、早期に換価処分を行うのが一般的です。
相続人の所在が不明な場合
戸籍上は相続人が存在するものの、その居所が分からない、あるいは長期間連絡が取れない場合には、遺産の処分が停滞してしまいます。
不動産を放置することで、建物の老朽化や税金の滞納、近隣トラブルなど、二次的な問題が発生するリスクも高まるでしょう。
このような場合には、利害関係人の申立てにより、相続財産管理人を選任し、不動産の売却など必要な手続を進める ことができます。なお、この場合でも売却には家庭裁判所の許可が必要です。
相続人不存在の確定後に売却される場合
相続人の有無が明らかでないとき、家庭裁判所は「相続人の捜索公告(一定期間の公告)」を行い、それでも現れない場合には「相続人不存在」が確定されます。この段階で正式に相続財産管理人が選任され、不動産を含むすべての遺産が換価処分の対象になります。
売却された資産は、被相続人の債務があればその弁済に充てられ、残余があれば特別縁故者への分与申立てが可能です。それもなければ、残余財産は国庫に帰属することになります。
遺産分割や管理が困難な事情がある場合
場合によっては、相続人が存在していても、遺産分割協議が成立しない、あるいは不動産の管理について深刻な対立や放置が生じていることがあります。そのような場合には、利害関係人や行政機関が、家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てることもあります。
たとえば、次のような事情がある場合です。
- 共有名義の不動産について相続人間で処分方針が決まらない
- 廃屋となっている家屋が倒壊の危険にあるが、誰も管理しない
- 税金や管理費が未納で、行政が対応に苦慮している
このような状況下では、家庭裁判所の判断により相続財産管理人を通じて不動産を処分し、関係者への配当や清算を図ることがあります。
元相続人や関係者が確認すべきポイント
相続財産管理人が選任された場合、すでに相続を放棄した相続人や、被相続人と何らかの関係を持つ利害関係者であっても 、完全に「無関係」とは言い切れません。
管理人による不動産の売却や財産の清算が進む中で、思わぬ形で影響を受けたり、逆に権利を行使できる場面もあるため、以下のような点についてはあらかじめ確認しておく必要があります。
相続放棄しても「利害関係人」になり得る
相続放棄を行った者は、法律上は初めから相続人でなかったものとみなされます(民法第939条)。
しかし、完全に無関係になるわけではありません。次のような場合には、依然として「利害関係人」として手続きに関与できる可能性があります。
- 放棄した後も不動産に居住している、または実質的な管理を行っている
- 遺品の保管や処分に関与している
- 特別縁故者として財産の分与を求める余地がある
これらに該当する場合は、相続財産管理人からの通知や公告に注意を払い、必要に応じて申立てや意見表明を行うことが大切です。
不動産売却の価格と方法
相続財産管理人が不動産を売却する場合、家庭裁判所の許可が必要ですが、必ずしも市場価格で売却されるとは限りません。処分を迅速に行う必要がある場合、競争入札ではなく個別交渉による売却が選ばれることもあり、結果として相場よりも低い価格で売却されるリスクがあります。
これに異議がある場合は、利害関係人として家庭裁判所に対し、管理人の処分行為に対する監督請求(民法第952条の2)や異議申立てを行うことができます。ただし、申し立てには一定の根拠と手続きが必要となるため、事前に法的助言を受けることが望ましいでしょう。
債権者としての届出手続き
亡くなった方に「お金を貸していた」「治療費が未払いのままだった」「仕事の報酬をまだもらっていない」といったお金を請求したい人(債権者)は、相続財産を管理している相続財産管理人に対して、「債権届出」という手続きをする必要があります。
届出の受付期間は、官報(国からの公告)でお知らせされ、通常2か月以上で設けられます。
届出を怠った場合、債権は配当対象から除外される恐れがあるため、債権者は公告を見逃さず、証拠資料を添えて確実に手続きを行うことが求められます。
特別縁故者としての財産分与申立て
相続人がいない場合、最終的に残った相続財産は国庫に帰属しますが(民法第959条)。
しかし、被相続人と生前に特別な関係にあった者は「特別縁故者」として財産の一部の分与を申し立てることができるのです(民法第958条の3)。
たとえば、次のような人が該当する可能性があります。
- 長年介護や身の回りの世話をしていた知人や親族
- 生活費や医療費を継続的に援助していた者
- 実質的に同居し、被相続人の生活を支えていた者
なお、申立ては、相続人不存在が確定してから3か月以内に行う必要があります(家事事件手続法第158条)。
相続財産管理の進捗に関する情報収集
相続財産管理人の活動は、原則として家庭裁判所の監督下にありますが、その進行状況や処分方針が広く通知されるわけではありません。
利害関係人が自発的に情報を収集し、必要に応じて家庭裁判所への照会や申出を行わなければ、知らない間に重要な処分が進んでいることもあり得ます。
公告の確認(官報など)や管理人からの通知内容に注意を払い、疑義がある場合は早めに対応することが、権利保護に直結するでしょう。
元相続人や関係者の注意点と実務的アドバイス
相続財産管理人が選任され、不動産の売却や遺産の清算が進められる場合でも、関係者にとっては実務上のさまざまなリスクや対応課題が生じます。
法律上の流れが整っていても、現場レベルでは時間や費用、コミュニケーションに関するトラブルも少なくありません。
ここでは、実際に関係者が直面しやすい注意点と、対応のための実務的なアドバイスを紹介します。
手続きが長期化することを想定する
相続財産管理人による不動産の売却や財産の整理には、想像以上の時間を要することがあります。
とくに、次のような要因がある場合は、1年〜数年単位での長期化を覚悟してください。
- 不動産が老朽化しており売却先が見つかりにくい
- 土地の境界確認や測量が必要となる
- 利害関係人との調整が難航する
- 家庭裁判所の許可や公告など、法定手続に時間を要す る
このような長期戦になることを見越し、関係者は途中で進捗を確認しながら対応する柔軟性が求められます。
道義的な管理責任が生じることがある
道義的・社会的な責任が生じることもあります。
たとえば、放置された空き家が原因で近隣住民に損害が生じた場合、元相続人が法的責任を追及される可能性は低いものの、行政から改善勧告を受けたり、近隣住民とのトラブルに発展したりするリスクがあります。
とくに、近隣に住む元相続人や関係者は、相続放棄後も最低限の見回りや行政への連絡など、一定の注意義務を意識すべきでしょう。
固定資産税や管理費などの請求が届くことも
相続放棄後であっても、固定資産税の納税通知書や管理組合からの請求書が届くことがあります。
これは、自治体や管理会社が相続放棄の事実を把握していないためです。法的な納税義務は免れますが、行政側が放棄を把握していない場合、督促状などが届くこともあるため対応が必要です。
一方で、相続財産管理人が選任されれば、こうした支払いも管理人の責務として処理されるため、管理人の任命までの期間をどう乗り越えるかがポイントとなります。
相続財産管理人の判断に異議がある場合の対応
不動産の売却価格が著しく低い、必要な公告がなされていないなど、相続財産管理人の行動に不備や不公正があると感じた場合には、家庭裁判所に対して次のような手段がとれます。
- 監督請求(民法952条の2)……利害関係人として、管理人の行為について裁判所に監督を求めることができます。
- 異議申立て……売却許可など特定の裁判所の決定に対して不服がある場合には、所定の期間内に異議を申し立てることができます。
これらは専門的な判断が必要になることも多く、弁護士等の専門家の支援を得ることが望ましい場面です。
特別縁故者制度の活用には準備が必要
相続人がいない場合でも、被相続人と密接な関係にあった人が「特別縁故者」として財産の分与を受けられる可能性があります。しかし、これは申立てをすれば必ず認められるものではありません。
家庭裁判所に対し、次のような証拠とともに誠実な生活実態を示す必要があります。
- 生活の援助や看護をしていた事実の記録
- 同居の有無・期間・頻度
- 被相続人からの金銭的・精神的な信頼関係の証明
「特別縁故者」としての地位を主張するには、相続人不存在の確定後3か月以内に申立てを行う必要があります。タイミングを逃さないよう、早めに準備を進めることが重要です。
まとめ
相続人がいない、または全員が相続を放棄した場合に、遺産の管理と清算を担うのが「相続財産管理人」です。
不動産が含まれる遺産では、その売却や維持管理に関して法的かつ実務的な判断が求められ、家庭裁判所の監督のもとで慎重に手続きが進められます。
不動産の売却は、固定資産税の負担や近隣への影響など、放置による社会的リスクを回避するためにも重要ですが、市場価格よりも低い価格で売却される可能性があるなど、利害関係人にとって無視できない影響があります。
また、相続放棄をした元相続人や、被相続人と深い関係にあっ た人物も、状況によっては「利害関係人」や「特別縁故者」として関与できる場面があるのです。
実際の手続きでは、公告や届出、家庭裁判所への申立てなど、期限や書式に注意すべき点も多く、対応を誤ると債権が消滅したり、権利が失われたりするおそれがあります。そのため、自身が関係者に該当する可能性がある場合には、公告の内容を確認し、必要に応じて法的助言を受けながら行動することが重要です。
相続財産管理人の制度は、相続の空白を埋めるための重要な仕組みです。不動産を含む遺産が公正に処理されるよう、関係者は法的ルールと実務の流れを十分に理解し、適切に関与していくことが求められます。