家の住み替え理由として、「広い家への移住」や「家族構成の変化」が主な要因とされています1。
都市部に住居を構えるのは予算的に難しいため、家を買うタイミングで郊外に移り住む人は少なくありません。
そして、郊外から都心に仕事に向かう人は「通勤」そのものにストレスを抱えている人も多いでしょう。
コロナ禍でリモートワークが普及した際には、一時的に通勤が不要となったものの、多くの企業で出勤が再開された今、通勤時間は再び日常生活に大きな影響を及ぼしています。
リモートワークの快適性
コロナ禍では、多くの企業がリモートワークや時差出勤等を導入するようになり、通勤・出社のストレスから解き放たれた方も多かったのではないでしょうか。
通勤にかかる時間がなくなったことや、自由時間の増加により、リモートワークではストレスレスで集中して働けるといった声が多く上がっていました2。
一方で、「慣れない環境で仕事の効率が上がらない」「家では集中して仕事ができない」「疎外感・孤独感を感じる」といったデメリットも当初から指摘されていました3。
感染拡大期には50%前後だったオフィス利用率も、2023年には70%を超える4ようになっており、大手IT企業でも「原則全員出社」といった方針の会社も存在します。
現在は「コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、リモートワークをうまく取り入れている企業」がある一方で、社員は出社して仕事をするのが当たり前になっている企業が多いことが推測できます。
通勤再開によるストレス
多くの人にとって、リモートワークの一番の恩恵は「通勤のストレス」が無いことだったのではないでしょうか。
満員電車に数十分、人によっては1時間以上かけて都心のオフィスまで向かうのは、大きなストレスがかかります。
通勤時間が長いほど幸福度は下がる「通勤パラドックス5」はコロナ以前から知られていたことですが、特に他国に比べて異常な密となる日本の満員電車は、乗った瞬間に家に帰りたくなる人も多いと思います。
むしろ、家から出たくない、仕事をしたくないという人も多いかもしれませんね(笑)。
コロナ禍のリモートワーク導入によってストレス軽減効果が生じたものの、「リモートワーク慣れ」したところに通勤が再開となり、感じるストレスがむしろ増大したという人も多いようです6。
通勤時間短縮のための住み替え需要は強まるか
コロナ禍においては、リモートワークの導入により都心に近いエリアに住む必要性を感じにくくなり、都心から郊外へ転出する動きも少なくありませんでした7。
もっとも、2020年から2022年ごろにかけては、不動産売買の取引件数自体が大幅な減少傾向にあったため、都心部に持ち家を構えていた人は「売るに売れない」という状況から現状維持を選択した方も多かったかもしれません。
定性的な分析ではありますが、当社運営の不動産査定サービス「イエウリ」にも「不動産相場の下落が気になるから査定に申し込んだ」「仲介で販売中の家が売れない」といった方の申し込みが当時は多くありました。
コロナウイルスの感染拡大が収束した後、2023年11月から2024年8月にかけては、千葉・埼玉・神奈川の3県では中古マンションの売り出し価格が10カ月連続で前年同月比でマイナスの数値となっており、在庫物件数が過去最多になっています8。
一方で、都心部の不動産価格は上昇を続けています。
郊外の不動産需要にひと段落した動きが見られるのに対して、東京都の一部では価格が大きく高騰し、不動産相場全体は押し上げられる傾向が依然として強いのです。
「円安を好機と見た海外投資家の需要増」による価格上昇の影響も指摘されていますが9、リモートワークでの快適さに慣れた人がオフィスに戻って強いストレスを感じれば、都心部の不動産の需要はより大きくなり、価格のさらなる高騰も起こるかもしれません。
金利上昇や物価高の影響
住み替え需要や不動産相場を考察する上では、金利上昇や物価高の影響についても考慮する必要があります。
2024年3月に日銀がマイナス金利政策の解除を実施し、住宅ローンを利用して不動産を購入する動きが鈍ったことが指摘されていますが、10月には各金融機関の店頭金利が引き上げられており、さらなる金利上昇を懸念した買い控えの動きは今後さらに強まる可能性もあるでしょう。
「都心部に比べて、手ごろな価格である郊外の中古住宅」は、物価高の影響を受けやすい層が検討する傾向にあります10。
しかし、金利上昇の影響で住宅ローンの返済負担が増加すれば、需要の低下が起こり得ます。
都心高・郊外低の二極化が加速するか
郊外の不動産は相対的に価格が安いものの、物価高・金利上昇の中で生活費全般が増大しているため、ボリューム層の購買力は抑制され得る状態です。
このような状況下で、都心部と郊外の不動産市場は今後さらに二極化する可能性があり、都心部では依然として高価格帯の不動産が求められ、郊外では値下げ競争がいきなり始まることも考えられるでしょう11。
さらに、物価高と金利上昇のダブルパンチにより、賃貸市場へのシフトも起こるかもしれません12。
リモートワーク・ハイブリットワークの価値がさらに高まる可能性
今後は、リモートワークやハイブリッドワークを企業が再度推進することで、従業員にとっては年収の増加以上に大きな価値を感じてもらえる可能性があります。
これは、単なる給与の増加では得られない「生活の質」や「時間の自由度」が、従業員にとって大きな魅力となり得るためです。
不動産価格が高騰している中、都心部の住宅を取得して通勤の利便性を獲得するのは、多くの労働者にとって難しいでしょう。
一方で、リモートワークの再推進は、企業努力で実現できる余地が十分あるものです。
適切なサポート環境を整備した元でリモートワークを実施できれば、仕事の時間と私生活のバランスを取りやすくなることで、従業員の健康面にもポジティブな影響が期待されます13。
柔軟な働き方や満員電車による通勤の回避は、身体的な疲労やメンタルヘルスの改善に貢献する側面も見逃せません。
これにより、医療費の削減や、心身の不調を理由にした休暇を取る必要が減少するなどの効果も期待できます。
従業員が自身の健康を保ちながら働ける環 境を提供することで、長期的な人材の定着も期待できるでしょう。
通勤で時間・メンタルを浪費しないことの効果
「都心に家を買う」「都心にオフィスを構える」のが大変になっている今こそ、リモートワークを改めて推進していくべきだと言えるかもしれません。
時間の無駄が少なくなり、リモートワークを通じて得られた効率性が高まれば、企業全体の生産性が向上し、賃金の引き上げが実施できる可能性も生まれます。
これにより、企業側も従業員への報酬を引き上げる余裕が生まれ、働く人々にとっては実質的な賃金の増加と、幸福度向上の両方が得られるという理想的なサイクルが実現できます。
出社の対価と通勤のコスト
一方でコロナ禍においては、完全リモートワークによる「働きやすさ」と「業務管理」を両立することの大変さを実感した経営者の方も多いでしょう。
また、前述の通り、フルリモートワークでは「コミュニケーション不足による弊害」も確かに存在することが判明しています。
しかしこのハードルは、長時間の通勤で労働者が受けるストレスと比べると、テクノロジーの導入や適切なマニュアル・フローの作成で改善しやすい障害です。
「人が動いて、物が動いて、金が動く」と言われることがありますが、こと現代の都心部においては、人を動かすことは得られる対価以上のコストがかかっている可能性があります。
人を動かすコストとはすなわち「働く人が通勤時間で受ける精神的ストレス」であり、出社による対価とは「通常出社による従来までの業務のやりやすさ」を指します。
ユナイテッドヘルスが2018年に実施した調査では、ストレスを受けた人の業務効率の低下が大きな損失に繋がっていることが示唆されています。
過去2年間合計10社、約5,000人に対して行ったストレスチェックの結果を基に算出したところ、高ストレス者一人当たり、最大150万円、従業員数1,000名あたり最大6,700万円の損失を生んでいる可能性がある事が、当調査結果より示唆されました
出所:ユナイテッドヘルス(2018)『高ストレスが会社経営に与えるインパクト』
通勤時間に受けるストレスが業務効率の低下、ひいては企業や日本経済全体の損失に繋がっている状態です14。
今後は100%リモートワークは難しいとしても、積極的なハイブリットワークの実施、サテライトオフィスを導入するなどの選択肢を考える価値は大きいでしょう。
自社以外に も効果は波及する
「バタフライエフェクト」なる小さな事象の連続的な波及効果については、さまざまな研究があります。
このような企業内でのポジティブな変化が、やがて他企業や地域社会全体にも波及していくでしょう。
特に大都市圏での通勤時間の削減や、リモートワークの普及が進めば、従業員の幸福度上昇に伴う労働生産性の向上は、日本社会全体の経済成長や福祉向上にも寄与することが考えられます。
リモートワーク以外には、時差出勤によるストレスの軽減・生産性の向上も期待できます15。
少子高齢化が進む中、働き手の効率的な活用がますます重要になるため、リモートワークのような柔軟な働き方を採用する企業が増えれば、労働力の活性化も期待できるのです。
地域活性化への貢献
さらに、リモートワークによって、都市部への一極集中が緩和される可能性もあります。
リモートワークの選択肢が増えることによって、都心から郊外や地方へ移住する人々が増え、地域経済の活性化にも寄与するでしょう。
リモートワーク環境の整備は、地方の住宅市場や経済活動を活性化させるきっかけとなります。
地方自治体がリモートワークに適したインフラやサポートを提供することで、新しい住民やビジネスの誘致が可能となり、長期的な地方創生に貢献することが期待されます。
また、家計負担の軽減と柔軟な働き方が可能となれば、結婚や子育ての余裕が生まれる家庭も増えるかもしれません。
もっとも、収入や家計の状況が改善しても、少子化は先進国全般の傾向だから避けられないという指摘もあります。
しかし、都心部で生活するコストが明らかに増加している中では、可処分所得が増える経済・財政政策を座して待つよりも、企業主導の働き方改革の方が実施しやすいことは間違いありません。
おわりに:中古住宅の効率的な流通から課題解決を目指して
当サイトを運営するHOUSE REVO株式会社は、中古住宅流通の効率化・適正化を促進する取り組みを行っています。
「効率の重視」は必ずしも最適解になるとは限りませんが、不必要なコスト・手間のカットにより得られる恩恵は、「目先のやりやすさ・目先の利益」を上回るものがあるというのが私たちの考えです。
ここで述べたような理想論だけでは解決できない問題も数多くありますが、私たちは不動産の売買主や、それをサポートする不動産会社のみなさんと協力して、より良い不動産取引の実現と、業界そして日本社会が抱える課題の解決を目指します。
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参考:Nicholas Bloom(2020)How Working from Home Works Out↑
参考:Bruno S. Frey & Alois Stutzer(2006)Stress That Doesn’t Pay:The Commuting Paradox↑
参考:株式会社エムステージ(2023)『お仕事に関するアンケート』↑
参考:りそな銀行(2021)『年収別でみる住宅購入事情を調査!』↑
参考:Gary Johns(2010)Presenteeism in the workplace: A review and research agenda. Journal of Organizational Behavior↑